家族は平和
− 連載エッセー「徒然の森」第33回
by 北嶋 千鶴子

ハナトラノオ 家族の間で日常、みなさんはどう呼び合っているだろうか。文化が違えば、呼び方もそれぞれ異なってくるかもしれない。私(たち家族)の場合、子どもはふだん「お母さん」と呼ぶ。孫からは「ばあちゃん」、夫からは「千鶴子さん」とちょっとこそばゆい言い方で呼ばれる。

 結婚した当時、私の名前は呼び捨てだった。私は夫を「クン付け」で呼んでいた。ところがある日、夫が呼称を変えた。取材先で名前の呼び方についていろいろな意見を聞いていたく刺激されたらしい。夫は直ぐに反省する人なのだ。

 その日を境に、私は「千鶴子さん」と「さん付け」で呼ばれることになった。「恥ずかしいからやめてほしい」「もし人質にでもなって(犯人になってとは言わなかった)みんなの前で呼ぶようなことになったらどうするのよ」などと的はずれなことを言って抵抗したのだが、あれから30年以上こう呼ばれている。

 子どもが生まれても、夫から「お母さん」と呼ばれたことは一度もない。「千鶴子さん、と呼ばれているのね」と、たまに友人に冷やかされることもあるが、今ではもう慣れてしまった。

 弟がいるのだが、「お姉さん」と呼ばれたことがない。両親が「チーちゃん」と愛称で呼んでいたので、自然にそうなったようだ。最近は60歳を超えた姉を「チーちゃん」とは呼びにくいらしく、呼ぶのを避けているようだ。いとこからは相変わらず「チーちゃん」と呼ばれている。私も相手を愛称で呼ぶので、こちらはあいこだ。

 2歳の孫からたどたどしく「ばあちゃん」と呼ばれると、不思議なことに、おばあさんの自覚が生じてくる。夫は「じいちゃん」と呼ばれることに抵抗があるらしく、呼ばれるたびに「じいちゃんって誰だ」とか「じいちゃんじゃないだろう。たかしクンだよ」とか言っているが、私はすんなり「ばあちゃん」と呼ばれることに慣れた。ただし子どもたちにそういわれたら抗議するつもりだが、幸い誰もそう言わない。家族は、平和である。
(September 15, 2005)