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国際結婚 そして 日本語教師(2)


by ハッチンソン好江(日本

 結婚から約半年後渡英し、しばらくイギリスに住みました。初めは夫の両親と同居しました。幸いなことに嫁姑のいざこざはありませんでした。お互いに生活様式があまりにも違うのでそれが却って良かったのかも知れません。わからなくて当たり前なので何でも聞くと義母は快く教えてくれました。お互いに意見、思っている事は言わなければ通じないわけです。義母は料理が好きというわけではないそうですが、毎日いろいろな家庭料理を作ってくれました。イギリス料理は最悪だと言われますが、それは誤解だと思いました。

 イギリス生活は楽しいものでした。私の感覚では、イギリス人と日本人の気質は相通じるものがあり、どちらも他の国民性にありがちな派手さはありませんが心底信頼できる安心感があると感じました。

国際結婚
【写真はダイアナ妃と話すハッチンソン好江さん 禁無断転載】

 10年ちょっとイギリスで暮らし、その内約8年間、運輸省外郭団体の国際観光振興会で働いていました。観光の観点から日本を紹介する仕事です。1年に1回各国の政府観光機関、航空会社、ホテル、旅行会社などが集まり、国際的な「ワールド・トラベル・マーケット」と言うイベントが催され、私も参加する機会に恵まれました。各国がそれぞれのナショナルコスチュームでと要請があり、私は着物で参加し日本紹介に務めました。その一環として、日本文化の一つでもある折り紙を折り、折り方を教えたり、作品を差し上げたりしていたところ、翌年日本に行かれる御予定のダイアナ妃が私達の日本のブースに公式訪問され、私に話しかけてくださいましたので、私は私が作った折り紙の花をさしあげました。まるで鈴の鳴るようなきれいな声で丁重で謙虚な物腰にとても感激したことを今でも鮮明に覚えています。

 ロンドンである時期から国際観光振興会の仕事と平行して縁があって夜、日本語学校で日本語を教える仕事を始めました。一般には日本人ならだれでも簡単に日本語を教えられると誤解している人も多いと思いますが、そんな事は決してありません。もちろん、私も日本語教授法を勉強し、実地訓練を受け、試験に合格してからのことです。ここで言う試験とは日本での検定試験ではなく、ロンドンにある日本語学校が独自に行っていた試験です。ここでは教える対象となる生徒は英語話者の大人であり、日本語のレベルは、初めて日本語に接する初級から日本でビジネスをめざす上級まであります。特に初級を教える場合では直接メソッドではなく英語で文法などを教えるやり方が主流でした。

 夫の転勤に伴い日本に帰国し、しばらくは上記の学校の東京校で教えていましたが、そこが閉校になったので今ではプライベートで教えています。現在はアメリカ人の生徒が一人だけで週1回の授業です。教えていて普段私たち日本人が気付かないような質問や疑問に出会うことがしばしばあります。

 例えば、「行きます」と言うとき語尾の「す」をローマ字で表したときに生徒に「先生は「su」と言っていない。「s」と言っている」と言われました。確かに「u」を発音していません。生徒は一生懸命音を拾おうとしているのでこのようなことにも気付くのだと思います。

 また、英語に干渉されると言う事を度々経験しました。最初の段階では変な日本文を作ってしまう生徒も多いです。「大きい」を「big」と覚えた生徒は「今日は大きい御飯を食べました」と言いますし、「短い」を「short」と覚えれば「あの人は短いです」などと言ってしまいます。又あるとき、「watch」を「時計」と教えました。その生徒は「clock」も時計と言うのだとは知りませんでした。その為試験に「clock」が出てきてもそれが「時計」だと言うことがわからなくて問題が解けなかったそうです。「go」と「come」を考えてもそれぞれ「行く」と「来る」などと教えてしまうとやはり変な言い方になってしまいます。

 文法上で正しくても使えない言い方、あるいは使うと相手の気分が悪くなるような文も耳にしました。ある時生徒が「先生は日本語がとても上手だからえらいです」と言うのです。私はえっと驚くのと同時におかしくなってしまいました。生徒は大まじめで、どこがおかしいのか全くわからないのです。「日本人に日本語が上手ですね」などと言うことが起きるのです。ある時生徒が「引越ししたので先生に新しい住所を教えてあげます」と言ったことがあります。この「――てあげる」という言い方は正しいけれども目上の人に使ったら相手はきっと気分を悪くするでしょう。

 別の話ですが、日本人は、外国人は簡単な挨拶を日本語でしただけでも「日本語が上手ですね」と言ってしまいがちです。こう言われてもある程度日本語を勉強した人は必ずしも喜ぶとは限りません。こんな時は「どこで日本語を勉強されたんですか」と聞くと良いかも知れません。

 日本語を教えることでいろいろな国の人との出会いがあり、私自身も日本語のおもしろさ、奥深さを知りました。教師仲間がジョークを混じえて「もし江戸時代に日本語教師と言う職業があったなら、士・農・工・商・日本語教師と言う順になるでしょう」と言っていましたが、それなりに厳しい仕事ですから、やはり好きでなければできない仕事だと思います。私もこの仕事をずっと続けていけたらいいなと思いますが、その為には日々勉強です。
(2010年7月)