日本体験 外国体験 Experiences in different cultures
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たくましい中国人女性


by 萩原慎一郎(日本)

 私が関わっている日本語教室(西東京にほんご教室、NiNiC)に一組の若い夫婦がやってきたのは、ちょうど1年前のことだ。中国遼寧省出身の劉さん夫妻は、来日して2年になるが、もっと日本語会話を勉強したいという思いで、教室を訪れた。

 劉さんは、日本の大手機械メーカーに勤めるサラリーマン。幼馴染みの奥さんと中国で結婚、新天地を求めて日本の会社に就職したのを契機に来日した。2人は、毎週土曜日の授業に、夫婦そろって仲睦まじくやってきた。

 しかし、2、3カ月たったころ突然、奥さんの方が現れなくなった。彼女は小さい頃、医者を志したという人だけに、真面目で高潔なタイプの女性だ。実際、毎週の課題である日本語作文(300字)は、劉さんのそれと比べても、ほぼ完璧な出来栄えだった。それだけに、教える側の私は何か不備があったのではと、大いに気をもんだ。

 劉さんに理由を尋ねると、最初は不安そうな表情を浮かべるだけで言葉を濁していたが、ある日、授業の終った後、思いがけない知らせを聞いた。「先生、実は彼女に赤ちゃんができました」――満面の笑みを浮かべる劉さんに、私は周りがびっくりするほど大きな声で「本当、おめでとう」と叫んでしまった。

 その後、教室の女性スタッフの力も借りて、入院、出産の手配や定期健診のやり方、窓口相談の案内など、若い夫婦のために出来る限り応援したのは言うまでもない。そして、彼女は2009年9月、無事元気な女児を出産した。今では毎回、授業前に劉さんが携帯に写した愛児の写真を皆で眺めるのが日課となった。

「高麗神社で」
「高麗神社で」
【写真は、日本語教室の生徒と高麗神社(埼玉県日高市)へ行く。禁無断転載】

 考えてみれば、異国の地で子どもを産むというのは、大変な難事業だ。女性が出産のため実家に帰ることも簡単にはできない。周囲の環境が異なり、まだ言葉の壁もある中で、新しい生命を授かるには、夫婦の努力、とりわけ、女性の側に強靭な精神力が求められるだろう。

 その点、中国人女性はおしなべて、元気いっぱいの人たちが多い。わが日本語教室には、夫婦連れで参加する中国人カップルが少なくない。劉さん夫妻に続いて、林さん、秦さん夫妻…など何組もいる。

 彼らに共通しているのは、大概の場合、女性の方が勉強熱心で、何事にも前向きで明るく元気だという点だ。昨年末の日本語能力試験(1級)にチャレンジしたある夫婦は、彼女は見事に合格、彼の方は不合格という好対照の結果だった。

 その彼女によれば、「今、日本で子どもを産む気はない」という。その訳は「彼の稼ぎがまだ安定しないので、安心して産めるようになるまで、我慢する」というから、実に理路整然としている。

 ニートやフリーターの氾濫などで出生率が下がる一方の日本。中国人女性たちの向こう意気を見習うべきかもしれない。劉さんによれば、子どもがもう少し大きくなれば、3人で教室に通うつもりだという。むろん、それは、奥さんの強い希望でもある。
(2010年2月)