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貧しいけれど仲良く暮らす


by 大塚桃子(日本)

大塚桃子さん

 私が初めてインドネシアのジャカルタへ行ったのは、母の友人が暮らしていたからです。
そこで2週間ほど過ごすうちに、ゆったりとした時間が流れるインドネシアにすっかり魅せられてしまいました。

 もちろんショックなこともありました。
  ジャカルタには、日本よりずっと貧富の差があり、物乞いをしている人々の脇を高級車が通り過ぎていくのですから。

 2回目にインドネシアを訪れたのは、バリ島でした。
  初めてバリ島の民芸品を見たとき、素朴で可愛らしく、ちょうどベトナムの雑貨が流行りだした頃だったので、日本人もきっと気に入るだろうと思いました。
  そこで数回目の滞在中に民芸品や雑貨を仕入れ、自由が丘で友人と1週間店を借りて売ったところ、あっという間に売り切れました。その後、私と友人はバリ島の民芸品や雑貨を売る商売を始め、店を構えることにしました。

 バリ島はイスラム教を信仰している人が多いジャカルタとは違い、ヒンズー教を信仰している人がほとんどなので、ヒンズー教の祭日はしっかり祝う習慣があります。取引先に何度電話やファックスをしても何の連絡もないので心配していたところ、ヒンズー教の祭日だったこともあります。そのため納期に間に合わないのではないかとやきもきすることもありました。

 仕入れ先も卸市場だけでなくあちこち探し回り、飛び込みで見つけましたが、ほとんどの人が英語も話せませんから、どうしても現地語を話さなければなりません。やがて必要に迫られて簡単なインドネシア語ができるようになりました。最初は上手くコミュニケーションがとれず、カーテンなど見本通りに作ってもらえなくてクッションに作り直したこともあります。

 だんだん現地に馴染んでいくうちに貧しいけれども家族が仲良く暮らしていること、地域の人々全員で盛り上げるヒンズー教の祭りや様々な行事についても知ることができました。

  人々はとてもフレンドリーで道を歩いているとあちこちから声をかけられました。
  バリ人は穏やかな人が多いので特別危険な地域でなければ夜私一人で出歩いても安全でした。 また物価が安いので、数年前は60円ぐらいでも屋台でおいしい食べ物が食べられましたし、宿泊も500円ぐらいでも可能でした。果物が豊かに実っていてほとんどの場合誰が取って食べてもかまいません。ですから、定年後をここで過ごしている日本人もいました。

 何度も訪れるうちに友達も知り合いも大勢できて、ますますインドネシアが好きになりました。
(September 2008)