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関麻由美さん

覆される「私の常識」


by 関麻由美(津田塾大講師

 私は、大学で交換留学生の日本語教育に携わっています。そこでのクラスの一つに、漢字のクラスがあります。学生一人ひとりが、日常生活の中で見つけた漢字を発表する、という活動を通して日本語を学ぶクラスです。そこでのエピソードをご紹介します。

 よく原宿に遊びに行くというAさんが発表したときのことです。原宿の街中で見つけた漢字をいくつか発表しました。それを聞いていたBさんがAさんに、発表した漢字の中で一番好きな漢字は何ですかという質問をしました。あたかも、一番好きな色は何かと聞いているかのごとくに聞くのです。まずここで、私はびっくりしました。「え、一番好きな漢字ですって?」この漢字は好き、この漢字は嫌いなどと、漢字に好悪の感情が伴うなどと思ってもいませんでした。でも、まあ漢字には意味があるので、漢字の形うんぬんではなく、意味のことを尋ねているのだろうと思い直した私は、引き続き、Aさんの答えにもびっくりしました。
  「自動販売機の機の字が一番好きです。」
  え、よりによって、どうして「機」なの?「機」といったら、機械を連想し、とても無機質な感じがするのに、と思ったのです。思わず「どうして」と聞きました。すると、「幾の部分がとてもきれい。」と言うのです。全くもって、へえー、でした。漢字を、意味とは切り離して形の美しさとして、アートとして見る見方があるのだ、と初めて知った瞬間でした。ちなみに、AさんもBさんも非漢字圏から来た学生です。

 漢字クラスでは、毎回、学生自身による漢字の発表を行っていますが、あるとき、みんなが同じテーマで漢字を探してきて発表しようということになりました。そこで、どのようなテーマにするかを話し合った結果、学生が全員一致で決定したのが、なんと「全然役に立ちそうにない漢字」でした。

  このようなテーマに決めてしまった学生たちも、いざそのような漢字を探すとなると結構苦労したようです。「白寿」「米寿」「海軍士官候補生」「櫓」「天然痘」「御御御付」(おみおつけ)などが発表されました。また、自分で創作した漢字を発表した学生もいました。

  発表された漢字が、本当に学生たちにとって役に立たないものなのかどうか、実際のところはわかりません。でも、役に立ちそうもないものを学ぼうとすることに、私は非常に驚きを感じました。漢字学習は学生にとってかなり負担になるものです。ですから、なるべく役に立ちそうなものを紹介したいと常々考えていたからです。よく使われている漢字を学ぶほうが、生活するうえで便利ですし、学んだことの効果をすぐに実感できるのは当然でしょう。しかしながら、学生たちがこのテーマを選んだことは、私にとって、改めて「学ぶ」ことの本質を考えるきっかけになりました。

 この2つのエピソードは、私の中の常識をくつがえすものでした。留学生と接していると日々いろいろな驚きがあります。このような驚きや発見をこれからも楽しんでいきたいと思っています。