オランダで4年ほど暮らした。オランダはきれいな国で、わが家の前には林が広がっていた。国全体がきれいな公園のような印象を持った。
国土が平らなので自転車に乗る人が多かった。道路は歩道・自転車道・車道と分かれ、専用道路があるので自転車もかなりスピードが出せるし、安全だった。
また運河が多く、水路がかなり利用されていた。船が通るときは、はね橋が1時間も上がったままになる。その間は自動車は待っていなくてはないが、その時間が周知されていたためか渋滞を引き起こしたりはしなかった。船が何十隻も通るのをのんびりと眺めて楽しんでいる人が大勢いた。この運河は冬になると凍りつき、子供達がスケートを楽しむ格好の遊び場となっていた。
オランダは四季があると言っても、8月の終わりにはもう寒くなる。春と夏が過ぎ、秋がなくてすぐ冬になる感じだった。だから自宅に冷房の設備はついてなかった。寒いと言っても、セントラルヒーティングで家の中は1年中同じ温度に設定されていたので快適だった。
日本人が多く住んでいたので、オランダ人と特に親しく付き合うこともなく過ぎてしまった。そのせいか、カルチャーショックはあまりなかったが、サッカー場があちこちにあって芝生が青々としているのを見て羨ましかった。小さな子どもたちがプレーできるチームが地域ごとにあった。コーチも2人ぐらいる。親もボランティアで協力していた。参加するのにお金はいらなかった。こんなに恵まれているのだから、オランダのサッカーが強いのは当たり前だと思う。
あるときサッカーの練習時にこんなことがあった。日本人の子供が持ってきたお金が盗まれてしまったのだ。どうなることかと見守っていたら、対処の仕方が全然違っていた。お金を持ってきた子供が悪いとしかられたのだ。お金を不用意に置いたのもよくないということだった。犯罪を引き起こす原因を作らないようにすべきだということなのだと思う。これがオランダ滞在中の最大の異文化体験となった。
また海外では「日の丸」に特別な感情を持つようになるという経験をした。日本人であることを意識するからなのかもしれない。日本で日の丸の掲揚の強制には反対と言っていたのにもかかわらず、日本人学校で掲げられた「日の丸」を見たとき、特別なイベントがあったわけではないのに、「日の丸」っていいなあと感激してしまった。不思議な感情であった。