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李燕芬さん

日本に留学して本当によかった


by 李燕芬 (マレーシア 、日系企業勤務)

 日本に来てアルバイトをしながら日本語学校や大学に通っていた。初めてのアルバイトは家の近くのスーパーだった。アルバイト募集の張り紙を見て電話した。日本語が上手でなかったので電話しながらどきどきした。店長が面接にいらっしゃいと言ってくれたときはうれしかった。

 面接では私の片言の日本語と店長の英語で行われた。いろいろ質問された後、「日本人より100円安くてもいいなら」と言って雇ってくれることになった。自給は1000円だった。私はレジがしたかったのだが、初め店長はお金を扱うことなので直ぐには無理だと言ったが、結局、2時間裏の仕事をして2時間レジを打つことに決まった。そして仕事を始める前に肉の名前を覚えるように言われた。「ロース、バラ、薄切り・・・」などの言葉を覚えてくるように言われた。

 初めてのアルバイトの日、肉売り場に行くと、店員さんが「李さん、毎日一つずつ覚えて行けばいいから」と言ってパックの仕方と値段の付け方を教えてくれた。みんな、マレーシア人は初めてなので興味津々という風に私を見ていた。「李さん、色が黒くないのね」と言われたこともあった。マレーシアのことを知らないようだった。レジの仕事も初めはお金の数え方も早くは出来なかったが、直ぐに慣れて、他の人より早く出来るようになった。

 肉売り場の次は野菜売り場の手伝いに行った。冬の寒いころには「李さん、寒いでしょう」と言って熱いコーヒー缶をポケットに入れてくれる人もいた。どの人もとても親切で私はアルバイトに行って店員さんたちと話すのがとても楽しみになった。店に行くとみんなが「李さん」「李さん」と言って声をかけてくれた。

 ところがある日事件が起きた。店長に呼ばれて「レジのお金が2万円足りなかった。お金を間違えなかった」と言われた。私はびっくりしてそんなはずはないと言った。翌日、今度は3万円なくなっていた。レジは30分ごとにレジを打つ人と袋に入れる人が交替する。私は「店長、袋詰めをお願いします」と頼んで、3日ほど店長にやってもらった。その間何の問題も起きなかった。その後お金が足りなかったことはない。

 しかし、今度は別の問題が起きた。レジリーダーに両替を頼んでも無視されるようになった。「両替お願いします」と大きな声を出しても知らんぷりされる。私は何も不満を言わなかったが、このことは間もなく店長を始め他の店員の知るところとなった。そんなときレジリーダーのご主人が肉売り場の主任としてやってきた。彼はわたしに肉を切るように言いつけた。私の仕事はパックと値付けと言われていたが、仕方がないのでやっていた。それを社長や店長が見つけて「李さんにそんなことをやらせるな」と言ってくれたが、社長達がいなくなるとまた、肉切りをさせられた。そんな状態を見て店長から、「ほかの店に変わってもいいよ」と言われたのでそうすることにした。

 新しい店の人はみんないい人で私は気持ちよく働けた。大学に行くようになっても働き続けたので、すっかり仲良くなった。一緒に花見をしたり、家に招待してもらったり、反対に招待したり、いろいろな思い出がいっぱいだ。お店のお客さんとも親しくなった。

 ある日お客さんが財布をレジに忘れて行った。中を見たら30万円も入っていた。店長に話すと、「すぐにあわてて戻ってくるから、そのまま持っていて」と言われた。本当にまもなく戻ってきてお礼に2万円くれようとした。私がもらえないと断ったら、来るたびにお菓子などを余分に買って「これは李さんの」と言ってくれるようになった。ほかのお客さんとも話すようになった。私の日本語もだんだん上手になって「あなたも岩手から来たの」と聞かれたりした。私の日本語がちょっとなまりがあるように感じられたのかもしれない。そのスーパーには岩手の出身の人が大勢働いていたのだ。

 私は今、マレーシアの日系企業で働いている。仕事で日本へ来たとき、スーパーで友だちになった人たちに会うのが楽しみになっている。今回も出張の後、休暇を取って日本で過ごしているが、その間はその一人の家に泊めてもらっている。日本に来ると会いたい人が大勢いて何日も必要なくらいだ。

 どこの国にもいい人もいれば嫌な人もいる。私は日本へ留学して本当にいろんな日本人と出会い、いいことも悪いことも経験した。日本に留学して本当によかったと思っている。(談)
〈2006年03月〉