初めて日本に行ったとき、安いところに住みたかったので外人ハウスに住むことにした。経済的だし便利で面白いだろうと思った。しかし外人ハウスには問題があった。キッチン、トイレ、シャワー、洗濯関係の場所などが共有だし、変な、失礼な人と住む可能性があったのだ。
僕が外人ハウスに住んでいたとき、いろいろな国から労働ビザも持たずに、道でアクセサリーなどを売っている人がたくさん来ていた。彼らは夜中の3時ごろまで働いて、それから帰ってきて寝ないで騒いだりした。僕はその時英語を教えていて毎日8時ごろに起きなければならなかった。彼らとは全く生活が違っていた。ほとんど毎朝3時ごろ隣の部屋に行って音楽を低くするように頼まなければならなかった。彼はいつも謝って音を低くしてくれた。しかしそれは最長でも20分ぐらいしか続かなかった。また音楽が大きくなり、彼と友達は笑ったり叫んだり音楽以上にうるさくなったのだ。
2週間後、とうとう僕は彼と話し合おうと思って、隣人の部屋に行って外に出てくるように言った。彼は戸惑った表情でついてきた。それから僕は約2週間毎晩起こされて寝られなかったと話した。すると生意気な隣人は、自分の音楽の音はそんなに大きくないし、僕が大げさだと言った。それは早朝の4時ごろのことだったが、僕らは20分ぐらい外人ハウスの外の道路でお互いに罵り合った。直ぐに外人ハウスのみんなが様子を見に出てきた。眠そうな目をして周りを囲んだが、誰も仲介しようとせずに、単に僕たちが罵り合うのを見ていたのだった。しばらくして殴り合いになりそうになった。それでも管理人さえ何も言わなかった。彼はただそこに立って、僕らを部屋に戻らせただけだった。喧嘩は何の解決にもならなかった。隣人は部屋に戻って直ぐに音楽をかけた。
僕の次の行動は簡単だった。朝8時に起きて僕は音楽をかけた。うるさくなる様に。それはとても大きい音だったと思う。僕は部屋にぼろのステレオを持っていたのだ。僕は2日間、わざと彼の安眠を妨げた。目には目のやり方だったが、余儀なくしたことだった。堪忍袋の緒が切れたときには強硬策を取らねばならない。
外人ハウスに住んでいる一人が、僕が早朝にロックの起床ラッパの洗礼を浴びせた最初の日に、隣人が文句を言っていたと教えてくれた。「ひどすぎるよ。どうしてあんなにうるさく音楽をかけなければならなかったんだ」と嘆いていたそうだ。誰も答えなかった。彼は自分がどういう状況にいるのかを理解した。そして奇跡が起きた。隣人の音楽や大きな声を聞くことは、その後二度となかったのだ。その後、僕らみんなは、まあまあうまく暮らしていけた。
(了)
(2016年3月27日掲載)