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美容師の品格


 アンナ・ロガレヴァ (ロシア)

ランディカ・ジャヤミニ
アンナ・ロガレヴァさん

 朝9時。N駅からおよそ一時間電車に乗って、I駅に着いた。出口のところに改札さえない小さな田舎の駅。そこで手を振って迎えてくれたのは私の友達、美容師のSさん。彼女と知り合ってから3年。その時からずっとSさんのところで髪をスタイリングしてもらいたいと思っていた。今日はインタビューのお願いもし、カットしてもらいに来た。

 Sさんのヘアスタジオは駅から歩いて5分ほどだけど、それでも車で送ってくれる。

「今日はアンナが来るから、午前中空けておいたの。これからゆっくりできる」と、なんとありがたい言葉。

 お客さんが入る予定がないため、フロントに鍵がかかっていて、後ろから入った。リビングのような部屋でテレビが付いていて、キッチンもある。隣の部屋は美容室。

「ここはお風呂以外、生活に必要な物は全部揃っているの。ここを建てるとき風呂場も作っておけばよかったのに。そして二階も。そうするとアンナも泊まらせてあげれた」

「まさかSさんはこのスタジオを建物から作ったんですか」
「そう。20年前。31歳のときから自分の美容室をもっているの。そしてここへ移ってきて20年」

「お客さんはほとんど同じ人ですね」
「うん。家族の三世代が来ることもある。お母さんが内に通い始めて、そして娘もくる。年が経っていたらその娘さんに子供が生まれて大きくなって、子ども連れてくる」

「素晴らしいですね。お客さんの人生の全てを見届けているって感じです」
「全てではないけど、確かに客さんが来たら、カットだけじゃなくて、話も必ずするの。お客さんが入ったら先ずその様子を見る。今日は元気なのか、疲れているか、何らかの心配があるか。そして出来るだけ気持ちが楽になるように話してあげる」

「まるでカウンセラーのようじゃないですか」
「その通り。それも営業に欠かせないものだと思う。お客さんと面白く話できるように毎朝必ずテレビのニュースを見て新聞も読むの」

 こう話している間に私のカットは半分終わった。そこで私はインタビューのことを思い出した。

「Sさん、メールで学校についてインタビューさせていただきたいと書いていましたが、今聞いてもいいですか」
「どうぞ」

「Sさんは学校を卒業したのは何年ごろですか」
「ちょっと待って、今67だから・・・64年ごろかな」

「卒業のとき、どんな気持ちでしたか」
「私、卒業式に出れなかったの。その時入院していて、そして退院してからも一年間ほど通院しなければならなかった。卒業の写真にも私と後二人の同級生の写真だけが右の上に丸の中に写っている。でも、家まで卒業証を持ってきてくれた優しい担任の先生がいて、彼は早く元気になってくださいと、言ってくれたの。そして、卒業式に参加できなくて悲しい気持ちはあったが、それより病気を治すのに精一杯頑張ろうとした」

 卒業して一年間通院生活をつづけていたSさんは、進学が延長になったため、大学に入学するより美容学校に入ることにした。

「小学校の頃から人の髪に触るのが好きだった。クラスできれいな長い髪の人がいたら、必ず触らせて下さいと言って、その髪をいじったり結ったりしていた。今の日本人って、食生活が変わって、髪の質も変わってきた。昔のように真っ黒で豊かな髪の人は少なくなった」

「美容学校でどのぐらい勉強しましたか」
「二年間。科学など、営業と直接かかわりのない科目も勉強した。それから一年間実践学習。実践と言っても、美容室へ行ってお客さんの髪に触れることなく、掃除や手伝いなどしながら技術を盗んだわけ。それが終わったら試験が受けられる。合格したら美容師の仕事が出来る」

 試験が受かって、美容師として働きながらもSさんは東京で行われた様々なセミナーに参加して技術を磨いていた。

「勉強が好きなの。そのセミナーで沢山学んできた。髪結いやはさみの使い方。日本ではもともとはさみではなくて、かみそりで髪をきっていた。私もかみそりに慣れていて、はさみを始めて手に取ったときなかなか思うとおりに動かなかった」

「学校のときの友達と今も連絡とっていますか」
「うん。美容学校のとき、とても親しい友達がいて、今も彼女はこの近くに美容室を持っていて、旦那さんと一緒にそこで働いている。頻繁に会いに行ったりするの。学校のときずっと一緒だった。金魚のウンチと言われていた(笑)。行きも帰りも同じ電車に乗ったり、デートなども一緒に行ったりした」

「学校の生活で何が一番楽しかったですか」
「遠足かな。全校、200人ぐらいでお弁当をもって出かけた。その時男の子との話も出来て楽しかったです。美容学校って、男性は皆床屋になるための勉強していたの。今と違って美容師を習う男性はいなかったから、授業のときあまり交流する機会もなかった。遠足のとき知り合って、後で授業を臨きに行っていたら、私たちと全く違うことをやっていた。髭剃りを習うとき風船を使って、かみそりが当たったら、バッと爆発。それは面白かった」

「その時はやはり、今のようにいじめの問題とかなかったんですね」
「そうだよね。どっちかというと、先生がいじめたの。美容学校は専門学校だから、同じクラスの中にも学生の年齢が違う。主に17-19歳の人だけど、20代もいて、うちのクラスに一人の40代の女の人がいた。どうしてあんな年に美容学校に入ったかと言うと、彼女は旅館を経営していて、でも美容師になるのは以前から夢だったそうだ。私たちは彼女にとても興味をもっていたけど、先生の中に一人意地悪の先生がいて、いつもその人に難しい仕事を任せたり、答えられない質問出したりしていた。どう見てもいじめだった」

「彼女は結局、美容師になれたんですか」
「いいえ、途中でやめたの。最初の一学期はいたけど、それから学校に通わなくなった」

「もしその時学校のルールや規則などを変えることができたら、何を変えたんですか」
「そうですね。今の美容師はウィッグで習うけど、その時私たちはお互いにモデルになったりした。授業が終わって髪を乾かす時間もなく、そのまま電車に乗って帰ることが多かった。それは大変だった」

と言ってSさんは私のスタイリングを仕上げた。最後に美容室の自慢のマッサージチェアを見せてくれた。もともとレクリエーション用のチェアを工夫して特別に美容室用に作ってもらった。シャンプーを使うとき、そのチェアにお客さんを乗せてマッサージを入れてリラックスしてもらう、と説明した。

 新しいヘアスタイルでニコニコしながら美容室を出て、そこまで工夫してお客さんのことを考えるSさんを改めて尊敬した。
(2014年12月27日掲載)