趣味が違うと…
− 連載エッセー「徒然の森」第40回
by 北嶋 千鶴子

菊 夫と私ほど趣味が違う夫婦も珍しいかもしれない。初めてのデートらしきときからそうだった。いまから××年前、一緒に1960年代の東欧の映画を見た。いい作品だったのだと思うけれど、当時ミーハーの私にとって、夜の闇に人の足ばかりが映っているという印象しか残らなかった。「この人とはずいぶん感覚が違う」と思った。ところがなぜか二人は結婚した。だから結婚してからも別々の行動が多かった。

 その後もたまに一緒に映画や舞台を見に行くけれど、どちらかが我慢することになる。高いお金を払ってモーツァルトをモデルにした演劇「アマデウス」を見に行ったら、夫は隣で居眠りしていた。そのときは本当に、舞台から見えるのではないかと冷や冷やした。

 反対に小劇場などで新進の劇を見るたびに、「何でこんなのが面白いの」とギュウギュウに押し込められた客席で、「トイレにも行けない」と関係ない不満を夫にぶつけたりした。そういう事が重なったのでもうこりごり。今では一緒に劇を見に行くことはほとんどない。

 去年夫と一緒に見に行ったのは明治大学の学生らが演じた「マクベス」一回だけだった。それはなかなかのできで、久しぶりに楽しめた。こういうのなら見に行ってもいいかなと思ったが、ふだんは期待が絶えず裏切られるので行かないのが一番と決めている。

 夫はというと去年私にとって「つまらない」はずの演劇を、112回も見に行ったそうだ。週何回も外出していたが、そんなに見ていたとは思わなかった。呆れてしまったけれど、夫に言わせると、自分などは少ない方で、200回以上も見ている人がごろごろいる、としきりに弁解している。そんな人たちの気がしれない。そんな生活をしていたら離婚になるのではないかと、あらぬ心配をした。

 夫の場合は見るだけではない。帰って来ると、仲間とつるんでホームページに感想を書き込む。記者だったので書く方はお手の物だ。それがいろいろ反響を呼んでいる。批判された劇団からは抗議が来るし、よく書かれた劇団からはその文を使わせてもらいたとか、返事を書くのも結構忙しいらしい。忙しすぎるのでホームページも65歳で終わりにしたいと言っている。退職してのんびりしたいと言っていたのに、毎日時間に追われているように見える。本当に変だ。もし興味がある方は夫らのwebサイトにアクセスしてみてください。
(注)小劇場の劇評サイト「wonderland」のURLは次の通り。
  http://www.wonderlands.jp/
(March 15, 2006)