冷や汗のチャイナタウン
− 連載エッセー「徒然の森」第35回
by 北嶋 千鶴子

11月の花 2週間ほどカナダのバンクーバーでホームスティをしながら遊んできた。
  ある日バスで「ダウンタウン」に行くとき、前から興味があった「チャイナタウン」を窓越しに見てみようと思って、いつもと路線の違うバスに乗った。初めてのバスに乗るときは必ず行き先を運転手に確認するのだが、表示が「ダウンタウン」となっていたのでその日は尋ねなかった。

 しばらくするとバスは、市内を走る電車スカイトレインのメイン駅に着いた。そこでほとんどの人が降りた。スカイトレインに乗れば「ダウンタウン」はすぐだ。わざわざバスで遠回りする必要はない。でも私は今日、「チャイナタウン」を見るのだ。バンクーバーで学生生活を送ったことのある息子にも地元の人にも、危ないから決して行ってはいけないと言われていた場所だ。だから気持ちは緊張しながらも、気分は妙に浮き浮きしていた。

 間もなくバスは「チャイナタウン」に入った。朝でしかも雨。そのせいか町は静かだった。中国旅行でよく見かけた町と同じ風景が広がっている。別世界だった。私は満足した。

 ところが突然、運転手が「全員降りてください」と言った。私はびっくりした。運転手に「ダウンタウンには行かないのか」と聞いたら「行かない」と言う。「ええっ」。困った私がダウンタウンにどう行けばいいのか聞いたら、すごいスピードでしゃべりまくったてさっさと車を出発させてしまった。悲しいことに私の乏しい英語力ではよく聞き取れなかった。どうやら「スカイトレインに乗れ」と言ったようだった。

 一緒に降ろされた人に聞いてみたが、英語を理解できないようで要領を得ない。「チャイナタウン」の真ん中で、しかも一人で私は迷子になっていた。どこにいるのか地図を出して確認したかったが、そんなことをしたら自分が迷い子だとみんなに教えるようなものだ。さすがに危険すぎるのでそんな真似は止めた。頭の中で「ダウンタウン」と「チャイナタウン」の位置関係を思い出しながら歩いていった。途中でおばあさんが掃除していたので、この道が正しいか聞いてみた。ところが彼女も英語ができなかった。仕方がない、勘を頼りに歩いて行こう。

 もう見物どころではなかった。ひたすら歩いた。しばらくして「チャイナタウン」の入り口、私にとっては出口が見えてきたときにはほっとした。私は万一に備えて携帯電話を持たされていたが、それを使うことも思いつかないほど緊張していたらしい。それに使ったほうがよかったかどうかわからない。

 帰宅して一部始終を話すと「運がよかった」と言われた。バンクーバーのバスは以前公営だったけれど、民営になってから表示が違ったり不親切な運転手に出会うことがよくあるのだそうだ。朝だったこと、雨だったことが私に幸いしたようだ。
(November 15, 2005)