初めてのボランティア体験
− 連載エッセー「徒然の森」第27回
by 北嶋 千鶴子

 それがボランティアと言うのだとは意識していなかったが、初めてボランティアと言えるようなことをしたのは中学の時だった。
  同級生が両親を亡くして養護施設に入ることになった。彼はその上、白内障でその手術もしなければならなかった。伊豆の施設に引っ越していった彼のために何かしたいと考えたが、遠く離れていたために会いにいくこともできない。せめて何かプレゼントをしたいと思った。

 ある友達が内職すればお金がもらえるといったので、早速5、6人ですることにした。封筒を作る内職で、1つ作ってもわずかなお金しか稼げなかったが、授業の後で集まったり夏休みに学校へ行ったりして一生懸命に働いた。今思うと学校もずいぶん自由だった。夏休みに子供たちが教室で内職することもできたのだから。先生は私たちの活動を何もご存じなかったと思う。そうして貯めたお金で彼に何を送ったのかは覚えていない。ただみんな満足感でいっぱいだったことが記憶に残っている。

 そのことがきっかけで養護施設を訪ねてみようということになった。伊豆は遠くて行けなかったので、代わりに一番近い施設を探して行ってみた。
  「○○子供の家」と書かれた門をおずおずと入って行くと、職員の人が声をかけてくれた。そこは小学校入学前の子供の施設だった。「あのう、何かお手伝いしたいんですが」と言うと、「子供たちと遊んでやって」と言われた。私たちがあまりに子供だったので、ほかの仕事を頼むことができなかったのかもしれない。

 とにかく私たちは温かく迎えられ、子供たちのお昼寝の時間が来るまで楽しく遊んだ。私たちが部屋に入ると子供たちは喜んだ。「お兄ちゃん、お姉ちゃん」とまとわりつき、大騒ぎだった。私たちは嬉しかった。2時間ほどがあっという間に過ぎた。職員に感謝の言葉もいただいたし大いに自己満足して帰れるはずだった。

 しかしそうはならなかった。私は何人かの子供から「お姉ちゃん、お土産ないの」と言われてショックを受けていた。私たちは何も持たずに来ていた。多分この施設を訪れる人はみんな、プレゼントを持ってくるのだろう。本当にショックだった。また子供たちが私たちを独占したがるのにも困った。自分だけのお兄さんお姉さんを求めていた。そういう子供たちをどう受け止めればいいのか。

 私はどうしていいのかわからなかった。ボランティアって難しいということだけが長く残った。けれどもこのときの経験が後に福祉の道を目指すきっかけになった。いまだに答えは見つからないけれども。 (Mrach 07, 2005)