歩く
− 連載エッセー「徒然の森」第20回
by 北嶋 千鶴子

 私は最近毎日、1日1万歩を目標に、自宅周辺を歩いている。買い物帰りに遠回りしたり、スーパーのエスカレーターを使わないようにしたり、ちょっとした工夫で万歩計の歩数を稼いでいる。友人や夫と、おしゃべりしながら歩くのも楽しい。

 若いときは歩くのが趣味だった。東京の地図を買い求め、歩いた道を赤く塗ったりしたこともある。どこかに行くときは、その一つ手前の駅で電車を降り、地図を片手にお寺や神社、公園を見て歩いた。おかげで小さなお寺に大賀ハスが植えられているのを発見したり、自宅から大学まで12キロを歩いたこともある。通っていた大学から山手線の最寄り駅まで、友人とおしゃべりしながら帰るのも楽しみだった。

 また歩くことで東京にもいいところがたくさんあることを知った。例えば菖蒲(ショウブ)はやっぱり明治神宮、堀切菖蒲園、それから今はかなり整備されて多くの人の憩いの場となっている水元公園。当時ここは、本当にどこまでも続く田舎道にひっそり菖蒲が咲いていた。

 今までで一番長い距離を歩いたのは、当時住んでいた東京の世田谷から鎌倉までの約50キロだ。午前0時ごろ出発。ひたすら多摩川に沿って、走るように歩いた。足も体も軽々。あっという間に多摩川を渡り横浜を目指した。夜中の国道は大型トラックがビュンビュン走っていて空気も悪いし、危険だったが気にもとめずひたすら歩いた。一度も休むこともなく横浜まで行った。

 それからしばらくは疲れも感じなかった。ところが鎌倉に近づくに従ってほんのわずかだが上り坂になってから足が止まった。だんだん歩くのが苦痛になってきて、歩いては休み歩いては休みという具合になった。それまでは立ったまま休んでいたが、一度道の端に腰を下ろして休んだ。いたん座ってしまったら足が動かなくなって、歩き始めるのが困難になった。立ったまま休まなければならないことを体で知った。しばらくすると下り坂になってちょっと楽になったのでそのまま歩き続けた。鎌倉に何時に着いたか覚えていない。とっくに日が昇っていたことだけは記憶に残っている。とても疲れたが、やり遂げた満足感で一杯だった。

 今ここにある、赤い色鉛筆で塗られた古い地図を見ると、さまざまな思い出がよみがえってくる。
(10 August 2004)