自慢の弟
− 連載エッセー「徒然の森」第19回
by 北嶋 千鶴子

 軽井沢駅徒歩2分のところに「サンジェルマン」という目立たない小さな洋食屋がある。弟の店だ。店構えも雰囲気も決して上等とは言えないが、何といっても味がいい。特にタンシチューが自慢だ。テレビでも時々取り上げられ、有名人もよく訪れる。大相撲の若貴兄弟も子供のころよく来ていた。知る人ぞ知る「通」のお店ではないかと思う。

 弟が調理師になりたいと専門学校に通い始めたのは、私が大学3年のときだった。両親は子供を平等に育てたかったから、弟も大学に行かせたかったに違いない。でも幼いときから食べることが好きで、おかずが足りないと自分で卵焼きを作るほどだった弟は、自分で選んだ道を進んでいった。

 その後結婚し、軽井沢に店を出した。別荘族の人たちが利用してくれるようになり生活は段々安定していった。決して手を抜かない、すべてを自分でしないと気が済まない、まじめすぎるほどまじめな職人で、私にとって自慢の弟だ。

 そして今、「サンジェルマン」は結構有名な店になり、弟もその世界では知られるようになった。しかし父も母も弟の成功を知ることはなかった。父は店を出したことすら知らずに亡くなった。母はいつも弟のことを心配していた。

 そんな両親に、雑誌に紹介された弟、テレビに出演している弟の姿を見せたかった。親は子供の行く末を最後まで見届けることはできないのだ。当たり前のことだがいつもそれを強く感じる。

 私にも子供がいる。3人それぞれ自由に生きていて、この先どうなることかと心配になることもあるが、身近な弟の例もあるので何とかなるだろうと思われてくるから不思議だ。
(07 July 2004)