食いしん坊
− 連載エッセー「徒然の森」第12回
by 北嶋 千鶴子

 友人から「食いしん坊」とよく言われる。ケーキに目がないし、あんみつも好
き。ラーメンもフランス料理もどんと来い。この店、あのレストランと食べ歩く
ことも多い。幼いころの食生活が貧しかった反動かもしれない。

 私の小学校時代、主な食料は配給制だった。配給の行列に母と並んだ記憶は、
私のささやかな戦後体験の一つだ。もう半世紀も前の話になる。当時はお米も自
由に買えなかったのだ。ご飯の中には麦や芋が入っていた。思いだしたくないほ
ど、麦のご飯はまずかった。「すいとん」が食事の日もよくあった。それでもけ
なげに、幼い私が「お芋だってご飯になるんだよ」と言ったと、祖母は不憫がっ
た。

 友達の家で初めてバターを食べた。口の中でとろけていくバターを味わいなが
ら、世の中にこんなにおいしいものがあったのかと驚いた。そのころのマーガリ
ンは文字通り油の塊で、現在のおいしいマーガリンとは全然別物だったのだ。

 友達の誕生会に招待されたときのことだ。当時誕生会をする子供はほとんどい
なかったが、私の親友は大きな屋敷のお嬢さんだった。そこで初めて「チャーハ
ン」というものを食べた。おいしかった。そのチャーハンには「旗」が飾られて
いて、とてもまぶしく見えた。

 いろいろな食べ物が初めてという経験をしながら育ってきた。私のような子供
は珍しくない。私の友達はお土産にもらったバナナをこっそり食べたが、おいし
いと聞いていたバナナがすごくまずい。なんとそのとき、バナナの皮をむかない
で食べたのだった。

 今は食べ物があふれていて、おいしい物や珍しい物が食べられる。食いしん坊
な私には幸せな時代だ。でもあの「バター」や「チャーハン」に出会ったときの
ような驚きや感激はない。
(07/12/2003)