おひな様
− 連載エッセー「徒然の森」第3回
by 北嶋 千鶴子

 第二次大戦後の貧しい時代に育った私は、本格的なおひな様を持たなかった。 日本全体が貧しかったから持っていない人のほうが多かったと思うけれど、私 は友達のおひな様がうらやましくてたまらなかった。どんなに小さくてもいい から、おひな様のセットがほしいと思っていた。しかし両親には言えなかった。

 大人になっていつでも買えるようになったとき、自分のために買う気持ちは なくなった。売り場でたくさんのおひな様を見ながら、いつか女の子が生まれ たら絶対にすてきなおひな様を買おうと決めたのだ。

 結婚1年目の記念日に、姑が何でも好きな物を買ってくれると言ったとき、 私は迷わず「おひな様がほしい」と言った。私たちは3月3日に結婚したからだ。やっと私のおひな様が持てるとうれしかった。けれども遅かった。3月3日にはもうおひな様は売り場になかった。

 姑は間もなく亡くなったので、私におひな様を買ってくれる人はいなくなった が、女の子が生まれたらおひな様を買えるんだからと思っていた。ところが生ま れたのは全員男の子、それも三人。わが家におひな様が来るチャンスはなくなっ た。

 実は夫は男四人兄弟。女の子が生まれる確率は最初からゼロに近かったのだ。 あのとき姑も家におひな様を飾りたかったのでないかと、電話での会話を思い出 しながら考えた。

 それから何年かたって私はおひな様を買いに行くという友人と一緒に、人形の 町として有名な埼玉県岩槻市へ出かけた。そこで私はたくさんのおひな様に出会 った。そのとき私は、自分のためにおひな様を手に入れることにした。

 おひな様の顔もさまざまだ。ほっそりした顔、反対にふっくらした顔もある。 現代的な顔、古典的な顔もある。その中から私は、古典的な下ぶくれのお内裏様 とお姫様の木目込みの立ちびなを持って帰った。

 私のおひな様は毎年3月いっぱい、わが家の玄関に飾られている。今年私たちに孫が生まれる。その子が女の確率は50%。女の子だったら盛大に初節句をしようと密かに思っているのだが・・・無理かな。
(07/03/2003)